事業支援会社の投入と、DDSの実行

サービス
企業再生
課 題
経営の安定化を図りたい
業 種
プラスチック成型業

プラスチック成型業
Y社

課題

販売先は大手家電メーカーを主としたプラスチック成型業。当初無借金経営で年商70億円台を推移している優良企業。事業展開を考え、日本国内で本社工場を建設。ほぼ同時に中国へ海外子会社を設立し、アジア進出も行った。その多額の投資は金融機関の借入で行ったが、リーマンショックにより業績が急激に右肩下がりへ。その下がり程度は早急であり、年商は1/3の20億を下回り、金融機関の返済は停止、従業員を1/2にリストラしても、税金や社会保険を滞納するくらいとなった。また、中国子会社も赤字経営を繰り返し、不採算部門となっていた。

施策

当初、大手監査法人系のコンサル会社が関与していたが対応ができなくなり、その監査法人からみらいコンサルティングへ相談が入る。みらいコンサルティングは自力再生は難しく、早期のスポンサー型再生が必要と判断し、経営者へ提案。その方向性に理解いただき、スポンサー選定を行った。スポンサー候補を打診していったが、当時その業界はどこも厳しく、その業界への買収意欲のあるところはなかなか見つからなかった。

結果

Y社のプラスチック成型の技術力に目をつけた事業支援企業が現れた。その企業へ中国子会社を売却するとともに、日本国内企業への投融資と経営管理者の派遣をいただいた。それにより、その時点の滞留税金や滞留社会保険料は一掃でき、一旦は持ち直すこととなる。その後、事業支援企業の紹介により新たな業界への販路が開拓でき、業績はV時回復。その業績回復度合いから、メインバンクより過剰債務となっている金融債務についてDDSによる金融支援の提案があり、支援協関与のもと実行した。

優良企業から一転、風前の灯火

取引先は大手家電メーカー。Y社は下請け企業の1社であるにもかかわらず同業界で老舗であり、Y社社長がメーカーへ訪問すると先方は役員が出てこられる。社長が帰るときには入口までその役員の見送りがあるような、家電メーカーとしても重要な下請け企業だった。

しかし、リーマンショックにより世界経済が大きく変化し、大手家電メーカー自身が生き残りを掛けた戦略の再構築を推進していった。そのなかで対象企業が得意とするTV分野について、その市場が大きくシュリンクしていった。直ぐに資金繰りにも影響が出だし、このままでは従業員の給与も支払えなくなる。

「こんなはずじゃなかったのに」

一気に業績が悪化し、当時の社長はうなだれ気味。やる気をなくしているところに、専務(息子)が立ち上がる。

「私は再生できると信じている」

「私が社長となる。私は逃げない」

まずは専務への社長交代から始まった。新社長のもとでは、不採算部門や不採算取引に対して聖域なくリストラが実行された。長年勤め上げていた従業員も、状況を説明して早期退職を促し、理解を得た。毎日のように退職していく従業員。その従業員から「お世話になりました」との声を掛けてもらえる。「悔しい日々でした。何とかこの事業を残す方法は無いのか、毎日眠れない日が続きました」。そんな時に、みらいコンサルティングは社長にお会いした。

難航するスポンサー選定作業

みらいコンサルティングは客観的に状況を理解し、このまま自力での事業継続は難しく、スポンサー型再生をするために、スポンサー企業を募集することを社長へ提案。社長から「理解しました、お任せします。何かできることは遠慮せずに何でもいってください。私も、分からないことはとことん聞くタイプなので」

通常、スポンサー候補企業は同業や周辺企業が有力。本件についてリストアップして打診するも、同業や周辺企業も同じ経営環境にあり、他社を支援するような時期や体力ではない、という判断。10社、20社と打診企業が増えていくが、一向に良いパートナーが見つからない。

ある日、中国子会社の董事長から連絡があり、中国企業で買収意欲のあるところがあるとのこと。その企業は日本企業で、製造拠点としてその地域で工場を探していた。早速、その候補先企業に会い、Y社の状況を説明。

「我々は、ポートフォリオでいろいろな企業買収を模索しだしたところ。日本企業側も検討してみよう」

「こんなに簡単に。。。是非、その技術で助けてください」

「ところで、当社では最近、照明事業を始めました。未知の業界なので初期投資は掛かりましたが、やっとこのような照明ができました。けど、金型が多額に掛かるのが問題なんです。何かアイデアはありませんか」

「まず、この照明は、この屈折で照度を上げているんですね。もう少し形状を工夫すると、もっとあがると思います。また、金型は1つで製作されているようですが、このような形状の場合、2~3の金型の組み合わせで製作したほうが効率も上がり、コストも大きく下がりますよ」Y社の製造部長は、製品を見た瞬間にその場でその製品の改善ポイントを指摘した。

「なるほど。我々はこの開発に数億円を投じている。そんな一瞬で、簡単に。。」その技術力や開発力の高さを認識した支援企業は、驚きを隠せなかった。

「貴社が再生できないのなら、どんな企業も再生できない!」

「その技術力があれば、いろいろな販路での活躍が期待できる。どんどんご紹介するので、是非がんばってほしい。」

事業支援企業は、Y社を買収するのではなく、共に協力して発展していく企業と位置づけ、人的、資金的手当を行った。Y社は販路拡大などで見る見る業績がV時回復して、初年度で年商は40億、営業利益で1億円を計上した。

メインバンクである地方銀行から、「我々もできることを是非支援したい」と、DDSの提案を受けた。ただし、Y社の債権者には信用金庫、メガバンクがあり、それぞれの足並みをそろえるために、中小企業再生支援協議会が関与することとなる。

「この再生ができないなら、私は銀行員を辞める。それくらいこの企業は残す価値があると考えている」

メインバンク担当者は他行へそのように説明した。その意気込みで関係者は動きDDSを実行。保証協会はDDSには参加されないが、新規融資への保証を行い、対象企業の運転資金の調達に貢献された。

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