人が育つ文化を、もう一度。 ― AI時代にこそ、日本的経営が果たす役割 ―
生成AIの進化により、知識を調べることも、文章を整えることも、驚くほど簡単になりました。これからの時代、AIは私たちに多くの「答え」を、しかも瞬時に与えてくれるでしょう。
では、答えがこれほど容易に手に入る時代に、企業は若手社員へ何を伝えるべきなのでしょうか。
私は、これからの人材育成の鍵は「良質な問答量」にあると考えています。
人材育成における「良質な問答量」の重要性
どれほど質の高い問いでも、一度だけでは人は変わりません。人を育てるのは、一回の名言でも、一度の研修でもなく、日々積み重ねられる対話です。質の高い問いを、どれだけ重ねられるか。その「量」の違いが、長い時間をかけて人の成長に大きな差を生み出すのではないでしょうか。
私は日々、中途採用の面接を担当しています。経験もあり、知識もあり、真面目に仕事へ向き合ってきた方であっても、「何を大切に働きたいのか」「どのような人材になりたいのか」という問いに、自分の言葉ですぐ答えられる方は決して多くありません。
これは能力の問題ではないと思っています。
むしろ、仕事を通じて自分自身と向き合い、自分の考えを深める「問答の場数」が、以前より少なくなっているのではないでしょうか。
もちろん、ハラスメントへの配慮やコンプライアンスの徹底は、安心して働く職場づくりに欠かせません。その価値は、これからも大切にしていくべきです。
一方で、その変化の中で、上司や先輩、お客さまから「なぜそう考えたのか」「本当にそれでよいのか」「他に方法はないだろうか」と問いかけられる機会そのものは、以前より少なくなったようにも感じます。
この変化は、静かに企業経営にも影響を及ぼしています。
離職率が高い。管理職が育たない。現場の判断が遅い。経営者がいつまでも自ら判断し続けなければならない。
一見すると別々の課題ですが、その根底には、「自ら考え、自ら判断する経験」の不足があるのではないかと感じています。
人は、答えを与えられるだけでは育ちません。
自分の考えを話す。相手の視点に触れる。考え直す。そして、もう一度言葉にする。
この往復を繰り返すことで、自分なりの判断基準が育ち、仕事観が育ち、やがて自律した人材へと成長していきます。
だからこそ、私は人材育成でもっとも不足しているものは、「良質な問答量」ではないかと思うのです。
「良質な接触量」が生むもの
そして、良質な問答量を増やすためには、もうひとつ必要なものがあります。それは、「良質な接触量」です。
問答は、評価面談の一時間だけでは生まれません。営業同行の帰り道。昼食の時間。お客さまとの打ち合わせ後の振り返り。何気ない雑談。そうした日常の接点のなかでこそ、「あなたはどう考えた?」「お客さまは何を期待していたと思う?」という問いが、自然に生まれます。
良質な接触量が、良質な問答量を生む。良質な問答量が、自分で考える力を育てる。その積み重ねが、自律した人材を育て、やがて組織の力になっていく。私はそう考えています。
日本的経営の本質と人づくりの文化
日本には、こうした人づくりの文化がありました。
吉田松陰の松下村塾は、一方的に知識を教える場ではありませんでした。門下生と問いを重ね、「あなたはどう考えるのか」「何を成したいのか」を語り合い、自ら志を定める力を育てていきました。
また、佐藤一斎の『言志四録』も、自らに問い続け、自らを磨き続けた記録です。一度の内省ではなく、問いを重ね続けることで人格を育てる。その姿勢は、現代の人材育成にも多くの示唆を与えてくれます。
私は、日本的経営とは、終身雇用や年功序列といった制度を指すものではないと考えています。
人を信じ、人を育てることを経営の中心に置くこと。そして、答えを教えるのではなく、自ら考えられる人を育てるために、人と向き合い、問いを重ね続けること。そこに、日本的経営の本質があると思います。
AIは、これからさらに優れた答えを示してくれるでしょう。しかし、人が人を育てるのは、答えではありません。問いです。
その問いは、一度だけではなく、日々の仕事のなかで何度も重ねられることで、人の考え方を育み、判断力を育み、やがて人間としての成長へとつながっていきます。
私は、経営者の皆さまをご支援するなかで、制度や戦略をご提案する以上に、「人が育つ会社」をいっしょにつくっていきたいと考えています。
「人が育つ文化」を次世代へ
人は、人との関わりのなかで育ちます。経営者が社員と向き合う時間。上司が部下に問いを投げかける時間。先輩が後輩の話に耳を傾ける時間。その何気ない積み重ねが、やがて組織の文化となり、人を育て、企業の未来をつくっていきます。
これからの経営者に求められるもっとも大切な役割のひとつは、「人が育つ文化」をつくることだと、私は考えています。
AI時代だからこそ、日本が長く培ってきた「問いを通じて人を育てる知恵」を、今の時代に合った形で未来へつないでいく。その文化が根づく企業が増えることが、日本の企業を、地域を、そして未来を、より豊かにしていくと信じています。
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