岐路に立つ退職金制度と「ビッグステイ」の波:DC制度を活用したこれからの報酬戦略
日本企業において、退職一時金制度を縮小・廃止する動きが広がっています。たとえば、今後入社する社員の一時金を廃止して給与へ上乗せすることや、退職一時金そのものを廃止し、その分を給与と「確定拠出年金(DC)」へ上乗せするケースなどが見られます。
人材の獲得に向けて足元の待遇改善を急ぐ企業が増えるなか、見直しの受け皿としてのDC制度の有効性と、昨今の転職控え「ビッグステイ」の動向を踏まえた報酬戦略について考察します。
なぜ退職金は見直されているのか? 〜従来制度のメリットと世代間のジレンマ〜
退職一時金制度は、高度経済成長期の人手不足のなか、採用・育成した人材の長期勤続を促すために普及しました。勤続年数が長くなるほど支給額が急増する設計となっており、年功序列賃金とともに日本的経営の骨格を成してきたのです。
しかし2000年代に入り、将来の退職金支払いが企業の大きな負担となるリスクの表面化や、中途採用ニーズの増加を背景に、制度は転機を迎えました。現在では、激化する採用競争を勝ち抜くため、将来の退職金を削って初任給の原資確保へと舵を切る傾向が見られます。
この変化に対し、若手層は手取りが増えることを歓迎する一方、中高年層からは反発の声が少なくありません。その大きな理由が、退職一時金が持つ税制優遇(退職所得控除)のメリット。勤続20年を超えると非課税枠が跳ね上がるため、同じ30年働くにしても、1社に勤め上げた方が転職者よりも圧倒的に税制上有利になります。この既得権益が失われることへの危機感が、世代間ギャップを生んでいるのです。
解決の鍵となる「確定拠出年金」の3つの強み
この世代間の対立をやわらげ、制度を前向きにアップデートするための最適な受け皿。それが、企業型確定拠出年金(DC)制度です。退職一時金の原資をDCへ移行することには、労使双方に大きなメリットがあります。
最大の魅力は、強力な税制優遇です。DC制度では、①企業が拠出する掛け金が非課税、②運用で得た利益が全額非課税、③受け取る際にも退職所得控除等が適用されるという、「3段階の税制優遇」を受けることができます。
さらに、DC制度は持ち運びやすさを意味する「ポータビリティ」に優れており、転職時にも年金資産を次の職場へ持ち運ぶことが可能です。長期勤続のみを優遇する旧来の一時金とは異なり、流動化する労働市場や多様な働き方に適合した制度だといえます。企業側にとっても、将来の支払い負担が変動するリスクから解放されることは大きな利点です。
「ビッグステイ」時代における制度移行の注意点
近年、労働市場では不確実性の高まりから、リスクを取らず現職に留まる「ビッグステイ」と呼ばれる現象が始まりつつあると言われています。
この状況下で、ただ一方的に退職一時金を削減すればどうなるでしょうか。会社に残り続ける中高年層の会社への貢献意欲が著しく低下し、モチベーションは低いが辞めないという、いわゆる「静かな退職」状態を招きかねません。
このような周囲への悪影響を防ぐためには、DC制度への移行とセットで、金融や投資に関する教育を充実させることが重要です。社員に自らの資産を育てる知識を提供し、自律的なキャリアと資産形成を後押しする。そうすることで、ビッグステイの期間を前向きな「自己研鑽と資産形成の期間」へと転換させることが有効と考えます。
制度の見直しは、会社から社員への大切なメッセージ
退職一時金の見直しは、単なるコストの付け替えではありません。企業から社員への「これからの働き方」に関する大切なメッセージです。
DC制度を単なる企業側のリスク回避策としてではなく、強力な税制優遇と持ち運びやすさをいかした「社員の自律的な資産形成支援策」として位置づけること。そして、丁寧な説明と教育を通じて制度移行をおこなえば、世代を問わず納得感を得やすくなります。
誰もが納得できる「総合的な報酬」のあり方を再構築することこそ、これからのよい組織作りに不可欠です。
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